「銀輪記」 自転車旅の記憶!!
~ただただ遠くへ行きたい雨男とクマの旅路~
 
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最終回は突然に。【歩き遍路最終話】

歩き遍路2010 最終話

2010/2/15
鴨の湯~

人は死んだらどうなるのか…。肉体は朽ち果てても魂はどうなる?
死ぬまで分からないことかもしれませんし、死んでも分からないかもしれません。

四国はその島自体が大きな霊場と言われます。
四国は不思議な力をもっている場所です。

四国八十八か所、お遍路は僕が思っていたよりも遥かに崇高で、深い深いものでした。自転車で一周してもそれに気付かず、僕は愚かなことをしました。自然や死者、人智を越えた偉大なものへの畏敬の念があまりに足りなかったのです。僕の考えの甘さもありました。

とにかくお恥ずかしい内容ですが、読んでいただけたら幸いです。


吉野川を渡り、鴨の湯さんの遍路小屋で一泊。
宿泊していたのは僕らだけでした。

鴨の湯はもう山のすぐふもとにあり、これから次の12番のお寺は遍路さんに恐れられた「へんろころがし」の難所、焼山寺への山道行が控えています。

しかし、そんな難所を前にして、天候は最悪…。

一日中、朝から晩まで大雨予報。

前に進むのを三人とも躊躇しましたが、予定は40日きっかりと決まっています…。(この時、ぼくらの事前に立てた予定が僕らを苦しめていました…。目安が義務になっていた気がします。)

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日の出まえに起床して、なるべく早く焼山寺に到着を目指します!!寺が開く7時きっかりに到着することも考えましたが、あまりに出発が早すぎるのと暗すぎるので、その計画は断念しました。

購入しておいた弁当を食べます。

DSCF2063.jpg

雨の対策をして、準備は万全…!

まだ辺りが暗いうちから出発します。このとき体調は至って普通。足が豆だらけでちょっと心が折れそうだったぐらいです。多少の疲労感はありましたが、変な感じはなにもなかったと記憶しています…。

DSCF2067.jpg

陽が昇る時刻になっても、山道は暗いまま…。不気味な感じがあります。

歩いていて、後ろは振り向きたくない感覚です。何かがいる気配とか、そういうのでは無いのですが。
いや~な感じはしていました。

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山道を進みます。雨は一向にやむ気配はありません。ずいぶん気温も低い感じがします。

DSCF2071.jpg


いよいよ「へんろころがし」と呼ばれる急傾斜地帯へと入って行きました。クネクネ道で一気に登っていきます。

DSCF2074.jpg


カラダに異変が起こり始めたのは、このあたりからです。

今でもよく覚えています…。お地蔵さんの前で休憩したすぐ後からでした。

まず、脚が異常に重たくなって行きました。少しの段差でも足が上がらないのです。
明らかにおかしい…。

DSCF2076.jpg

DSCF2077.jpg


…そこから、写真は一枚も残っていません。


どんどんカラダに異常が出始めたのです。僕は二人から遅れ始めます。二人は少し先で僕を待ってくれ、追い付いてはまた離れ…を繰り返します。

足から来た異常は体全体に広がり、体全体がどんどん重くなっていきます。痛みはありません・・・。

歩けば歩くほど体調は悪化していきます。目の前の風景がどんどん薄れて行き、クラクラする感じ。何度も戻し、立っていられなくなることも。しかしもう既に山奥。民家もありません。もはや来た道など戻ることは不可能。とにかく前に進むしかない。進めば進むほど、体は重くなりクラクラしてくる…。

二人には先に行ってもらうことにしました。ゆっくり休みながらでも前に進もう…。次第に涙が溢れだします…。もう駄目かもしれない。何度もそう思いました。般若心経をひたすら唱えながら進みます。次第に意識は遠のきます。このあたりからあまり記憶がありません。


二人の話ではずいぶん時間がたってから僕は焼山寺に到着。焼山寺までは舗装路があるのでタクシーを呼んで、とにかく徳島市内に移動することになったそうです。ぼくは一人でタクシーに乗ってる所から、記憶があります。タクシー一発では徳島市内までは行けず、途中でバスに乗り換え、なんとか徳島市内に到着。

近くにあったビジネスホテルに飛び込み、宿泊。ホテルの人が心配してくださり、いろいろ面倒を見てくださいました。この時、40℃の熱がありました。結局同じホテルに3泊。ずっとうなされながら寝込んでいました。熱は一向に下がりません。近くの病院にも行きましたが、原因は不明…。解熱剤をもらってきて飲んでいました。

数日後に焼山寺から下山し徳島まで来た二人と再会するも、ぼくはリタイアを決意。新幹線で静岡へと送還されました。

その後、一週間以上熱は下がらず、静岡でも病院に行きましたが原因は不明…。こんなに苦しかったことは今までありませんでした。死ぬと思いました。



友人二人には本当に悪いことをしたと今でも後悔しています。全ては自分の甘い考えが原因だったのです。遊び半分でやるもんじゃない…。二人はその後。高知へと南下するのはやめ、香川県を旅して旅を終えたそうです。

この四国旅はその後、トラウマになっています。2年後の日本縦断の際に、松山から今治まで走るときはずいぶん緊張しました。もう僕は四国に踏み入れられないんじゃないかという漠然とした不安。いつか、まだまだ残っている88ヶ所巡礼を完成させたい気持ちはありますが、当分の間はやれそうにありません。
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なるほど♪

とても貴重な経験をされましたね!
ある意味ラッキーボーイと思います。

むらまさくんの当時の年齢で
「遊び半分でやるものじゃない」の気づきが
あったのは素晴らしいと思います(*^_^*)

四国八十八か所はホンマに不思議なモノです

四国旅は修行の旅♪
大師様は成長する人間には
気づきを与えられるそうですよ(^_-)-☆

Re: なるほど♪

88カ所の遍路旅をするには、僕は未熟すぎたと痛感しました。それぐらい出来るだろうという「おごり」もありましたね。

そういう考えじゃあ大師さんは回らせてはくれないんですね。気づきを与えられたのかもしれません。

いつか必ず、遍路というものと真剣に向き合えるようになったら続きを歩きたいですね。まわりきりたいです。

 
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のんびり走るのが専門です.生まれつき方向音痴で雨男.愛車はMTBのTarow号とランドナーのJirow号.よく「モン太郎」を連れて旅しています.
2015年からしまなみに移住。

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