終わりに。垂水ライダーハウスで過ごした日々|エピローグ

僕はしばらくの間、垂水のライダーハウスに滞在することにしました。
最初は留まる事は考えていませんでしたが、結果的にそうなったのです。
そういう風が吹いたのです。
垂水という町の空気がそうさせるのか、桜島の火山灰がそうさせるのか。

朝がカーテンの隙間から洩れ・・・
じきに幕を閉じる旅人の家は、いつもと何も変わらない静かな朝を迎えています。



旅人の話し声は壁に刻まれ、時間を記憶しているかのようです。

人間誰も、時間からは、時間だけからは逃れることはできない…
せめて旅の間だけ、僕が時間を支配してやるんだ…
とにかく時間を考えない、時間に追われない、時間に縛られないで過ごしてやろうと思いました。こんな贅沢なことはありません。でもそれが出来るのは僕には唯一、旅なのです。旅は現実であり、また現実ではないのです。



当てもなくブラブラと歩いては、小さな公衆浴場の温泉で火山灰を流し、漁港の食堂でカンパチに舌鼓を打ちます。
都会のどんな高級料亭の芸術的な料理の数々よりも、田舎の漁港の漁師飯が一番美味で贅沢であるように、田舎の爺さん婆さんが毎日通い詰める源泉かけ流しの共同浴場ほど、素晴らしく贅沢な温泉はないのです。
骨まで食べられるカンパチのアラ煮は、ほろほろと口の中で蕩け、しゃくしゃくとした骨の食感といい、こんなにうまい食いものはありません。

ただ、特別に垂水でしたことと言えばそれくらいで、あとは何をするでもなく堤防に腰掛けて桜島をぼーーっと眺めたり、横になったりしていました。
こんな風に垂水では過ごしていました。
ある時は、津のみずぼうずさんとのご縁で鹿児島のいわくらさんとお会いすることができました。垂水からは鹿児島市の鴨池港へフェリーが出ているので、気軽に対岸の鹿児島市街へと渡ることが出来ます。

何度か鹿児島側と大隅半島を行き来しましたが、ぼくは必ず甲板で風を受けながら桜島を見ていました。
船が進むにつれて、桜島の表情は全く変わってくるのです。
その変わっていく様をぼんやりと眺めるのが好きでした。

錦江湾の東と西の風景はそれはそれは対極的で、船は路面電車走る大都会と湯の香かおる田舎町を結んでいます。

いわくらさんには、薩摩の気質が染みついたような芋焼酎とこの上なく上品な味わいの黒豚を堪能させてもらいました。インターネットの世界ではずっとお世話になっていた方ですが、お会いするのはこの時が初めて。2時間や3時間じゃ到底話尽くせなく、もっと色んなお話を伺いたいのですが、楽しい時間というのはあっという間に過ぎ去ってしまいます。
ぼくは旅をしていて得たものの中で、人との縁ほど僕の財産となったものはないように思います。
部屋で本を読んでいるだけでは、この瞬間は存在しなかったのです。
家を飛び出したことで、いろんなことがぐるぐるとかき回されるように、僕の中にも外にも変化が起きて。小さな奇跡の積み重ねで今この瞬間があり、今、自分がここにいることを実感しました。
鹿児島から垂水へ帰りの船の中で、僕は自転車旅を始めたばかりのことを思い出していました。
最初から自転車で旅をしようなんて考えてなどいなかったのです。小さな小さな奇跡の積み重ねで、結果的に自転車旅をすることになったのです。今考えると、それはずっと前から決まっていたことのようにも思いますが。そして、その瞬間瞬間は僕に関わってくれた全ての人のお蔭で存在していたのでした。
僕は帰ることにしました。

確実に僕は「終わり」というものを感じました。
でも、数年後に思い返してみた僕は、そこに「始まり」を感じるのかもしれません。
終
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